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東京高等裁判所 昭和48年(行ケ)88号 判決 1974年3月05日

原告 川上良二

被告 特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

原告は、「特許庁が昭和四八年四月五日、同庁昭和四四年審判第五〇一三号事件についてした審決を取消す。訴訟費用は被告負担とする。」との判決を求め、被告は主文同旨の判決を求めた。

第二請求原因

一、特許庁における手続の経緯

原告は、昭和三九年六月三日、別紙(一)の構成からなる商標(以下「本願商標」という。)につき、指定商品を商標法履行規則第三条別表第一一類電気機械器具、電気通信機器具、電子応用機械器具(医療機械器具に属するものを除く。)、電気材料として、商標登録出願したところ、昭和四四年四月二四日拒絶査定を受けたので、同年六月二四日審判を請求した(同年審判第五〇一三号)。特許庁は、これに対し、昭和四八年四月五日「本件審判の請求は成り立たない。」との審決をし、その謄本は同年六月三〇日原告に送達された。

二、審決理由の要点

本願商標の構成、登録出願年月日および指定商品は前項掲記のとおりである。

これに対し、別紙(二)の構成からなり、旧商標法施行規則(大正一〇年農商務省令三六号)第一五条第六九類電気機械、器具及びその各部並に電気絶縁材料を指定商品とする商標(以下「引用商標」という。)が昭和二七年一一月四日登録出願され、昭和二八年一〇月三一日登録されている(登録第四三四四三〇号)。

そこでおもうに、本願商標は、顕著に表わされた図形および文字という表現の異なる二つの部分からなるものであつて、その構成からみてこの二つの部分が一体不可欠をなすものとは認め難く、かつ、その図形の部分からは直ちに一定の称呼、観念を生ずるものとは認められない。それ故、端的に理解しうる文字の部分のみを捉えて商品の識別にあたる場合が少なくないものと判断するのが相当である。したがつて、本願商標は、その構成中文字の部分から「アロー」の称呼と「Arrow」(矢印)の観念を生ずるものと認められる。

一方、引用商標は、その構成に照らして「矢印」(Arrow)の図形を表わしたものと認められ、ここから「アロー」の称呼と「Arrow」(矢印)の観念を生ずるものと認められる。

してみれば、両者はその称呼、観念において類似の商標であることをまぬがれず、しかも両者はその指定商品も互いに抵触することが明らかであるから、結局、本願商標は、商標法第四条第一項第一一号に該当するものであつて、登録することはできない。

三、審決を取消すべき事由

(一)  本願商標は、英文字「ARROW」を頭文字「A」を大きくして表示し、その右肩空白部分に洋弓(BOW)を図案化した図形を嵌め込むように描いてなる商標であるから、両者が一体的に構成された商標とみるのが経験則上当然である。したがつて、本願商標からは、弓矢印またはアローボー(ARROW BOW)印の称呼、観念を生ずる。われわれが文字と図形の組合せからなる商標を見た場合、一応図形についても称呼を探索し、その称呼を用いることは、普通の常識であり、これを全然無視することはあり得ない。特に、審決にいうとおり、本願商標の図形が「顕著に表わされた図形」であり、洋弓(BOW)またはアーチユリーを表わしたものであることが明らかである場合はなお更である。それにもかかわらず、これを全然無視して文字のみからなる場合と同一視した審決の判断は失当である。

なお、本願商標の図形自体は既に第五七〇三三九号で商標登録されており(指定商品旧第六九類)、また、英文字「ARROW BOW」については原告が既に第六一三〇三七号で商標登録を受けている(指定商品第一一類)。これを文字と図形の組合せに変えて表わせば、正に本願商標のような構成になるのである。

(二)  引用商標の構成、登録出願および登録年月日、指定商品は、審決認定のとおりである。引用商標は、審決認定のような図形からなる商標であるから、これからは矢型印の称呼、観念が生ずるだけで、アロー(矢印)の称呼、観念は生じない。したがつて、本願商標と引用商標は非類似の商標といわなければならない。

なお、引用商標が登録された昭和二八年一〇日三一日当時は、「ARROWアロー」の文字からなる登録第二六三六三八号商標(指定商品件旧第六九類)が権利期間中であつたのにもかかわらず、引用商標は登録された。これは、特許庁が両商標を非類似と認めたためとしか考えられないが、そうだとすると、本願商標と引用商標も当然非類似の商標と認めるべきである。

第三被告の答弁

本件の特許庁における手続の経緯、本願商標の構成、指定商品、登録出願年月日、審決理由の要点が原告主張のとおりであることは認める。しかし、審決には、次に述べる理由により、原告主張の違法はない。

本願商標のように、二以上の構成要素からなる商標の場合、取引者、需要者は、商標を採択し使用する者の意図にかかわりなく、商標の構成中最も印象的な部分、記憶しやすい部分を抽出して商品を識別するものであることは、簡易迅速を旨とする商品取引の実際に徴して明らかである。本願商標の構成のうち、図形の部分は、わが国では直ちに特定の称呼、観念を生ずるものとは認められない難解なものであるから、取引の実際においては、容易に理解できて記憶しやすい「ARROW」の文字の部分から「アロー」(矢印)の称呼、観念を生ずるものと判断するのが相当である。また、「ARROW」という語は「矢印」(矢、矢状のもの)の意味を有する語として一般に理解され親しまれている語であるから、矢をかたどつた図形からなる引用商標は、取引の実際において、「アロー」(矢印)等の称呼、観念を生む場合が決して少なくないというべきである。

したがつて、本願商標と引用商標とは称呼、観念において類似するものとした審決の判断は正当である。

第四証拠関係<省略>

理由

一、本件の特許庁における手続の経緯、本願商標の構成、登録出願年月日、指定商品、審決理由の要点が原告主張のとおりであること、引用商標の構成、登録出願および登録年月日、指定商品が審決認定のとおりであることは、当事者間に争いがない。

二、そこで、原告主張の審決を取消すべき事由の有無について判断する。

本願商標のうち図形の部分を見ると、一般の取引者、需要者にとつて、それが何を表わしたものであるかが一見して明らかなものではないことが認められる。したがつて、本願商標の図形の部分と文字の部分が一体的に構成されていると認める理由はなく、図形の部分からは特定の称呼、観念は生じないものといわなければならない。そうだとすると、取引の実際においては、本願商標は、その文字の部分から「アロー」の称呼と「矢」の観念を生ずるものと認めるのが相当である。

原告は、本願商標の図形の部分は洋弓(BOW)を表わしたものである、と主張する。しかし、その図形は極度に図案化されているため、特に説明を受けない限り、一般の取引者、需要者にとつて、それが洋弓を表わしたものと認識することはほとんど不可能であろう。

原告はさらに、本願商標の図形自体は既に商標登録されており、本願商標の構成は、原告の有する「ARROW BOW」の登録商標の文字と文字との組合せを文字と図形の組合せに変えたものである、と主張する。しかし、本願商標からどのような称呼、観念が生ずるかは、このような原告の主観的意図とは関係がないから、原告の主張は採用の限りではない。

三、引用商標は、矢をかたどつた図形からなることが明らかであるから、「矢印」または「矢型印」の称呼を生じ「矢」の観念を生ずるものと認めるのが相当である。被告は、引用商標からも「アロー」の称呼が生ずる、と主張する。しかし、アロー(arrow)という英語は矢を意味するものとして広く知られてはいるが、国語の「矢」に代つて広く使用されるには至つていないと考えられるから、引用商標から「アロー」の称呼が生ずると認めるのは相当でない。したがつて、本願商標と引用商標が「アロー」という同一の称呼を生ずるとした審決の認定は不当であるけれども、両商標が「矢」印という同一の観念を生ずることは前認定のとおりであるから、両者が類似の商標であるとした審決の認定は結局正当である。

原告は、引用商標が「ARROWアロー」の文字からなる登録商標があつたにもかかわらず登録された旨主張するが、このような事実は本願商標と引用商標が類似の商標であると認定する妨げになるものではない。

四、よつて、審決には原告主張の違法はないから、原告の本訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 古関敏正 瀧川叡一 宇野栄一郎)

別紙(一)

別紙(二)

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